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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(う)256号 判決

被告人 山口五百人

主文

原判決中被告人山口五百人に関する部分を破棄する。

被告人山口五百人を罰金弐万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置する。

(訴討費用負担の裁判省略)

理由

本件控訴趣意(事実誤認)は福井地方検察庁検察官検事岩本信正作成の控訴趣意書記載のとおりであり、之に対する答弁は弁護人真田幸雄提出の答弁書、弁護人大橋茹同大橋茂連名提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

本件記録に徴すれば、本件の公訴事実は「被告人山口五百人は昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し全国区から立候補した天埜良吉の選挙運動者であるが、同年五月二十四日頃敦賀市曙町十五の六番地運輸省第一港湾建設局敦賀工事事務所娯楽室において天埜候補の選挙運動者鈴木駿一郎等より同候補に当選を得しめる目的をもつて同人等が同候補のための投票取纒め等の選挙運動の実費並びに報酬として帰山晋こと帰山直志に対し供与するものであることの情を知り乍ら帰山直志に対し交付方を依頼されて現金四万五千円を預り翌二十五日頃福井市役所附近路上において情を知らない萩原門重に対し帰山直志に対し交付方を依頼して前記現金四万五千円を手交し、よつて同日午後九時頃福井市御屋形町三十番地帰山直志方において同人に対し右萩原門重をして前記目的趣旨のもとに右現金四万五千円を交付せしめて取次周旋をなしたものである」(罪名並に罰条、公職選挙法違反、同法第二百二十一条第一項第六号)というにあり、之に対し原判決は「被告人山口五百人が鈴木駿一郎から現金四万五千円を公訴事実記載の日時場所において帰山直志に届けるよう依頼されて之を預り、其の翌日右金員を萩原門重をして帰山直志方に届けさせ、もつて交付したことは記録上明らかであるが被告人が右金員につき公訴事実記載の如き選挙運動資金であるという認識を有していたか否か、即ち知情の点につき按ずるに、被告人の公判廷における供述、証人鈴木駿一郎尋問調書、検察官に対する帰山直志の供述調書等を綜合してみると、鈴木駿一郎と帰山直志との間には当時既に選挙運動資金を融通する話合ができており、又被告人は嘗て鈴木駿一郎が敦賀工事事務所長当時其の下で庶務課長をなしていた等の関係もあつて、本件金員交付に際して鈴木は被告人に対し其の趣旨性質に触れることなく「福井市居住の帰山へ四万五千円送りたいのだが、今日は日曜日だから明日でも郵送してくれないか」と依頼し、被告人は之を承諾して、素直に右金員の入つた封筒と送料二百円を預つた事実を認めることができる、即ち被告人は公訴事実記載の如き情を知らずして本件金員を預り、之を帰山へ届けたものと認めるのが相当であり、右認定に牴触する鈴木駿一郎、被告人の検察官に対する各供述調書の記載部分は措信しない、尤も当時被告人が本件金員につき選挙関係の臭味を感じたであろうことは窺知し得ない訳ではないが他に被告人に犯意ありとして処断するに足る証拠も存しないから、犯意の証明不十分として無罪の言渡をする」旨説示していることは所論のとおりである。

検察官は、原判決は採証の法則に違反し証拠の取捨選択並に価値判断を誤つた結果事実誤認を招いたものである旨主張する。よつて記録並びに当審証拠調の結果を綜合して原審事実認定の当否を審究する。

(一)  先づ原判示参議院議員選挙における候補者天埜良吉の選挙運動における被告人山口五百人の地位役割をみるに、被告人の検察官に対する供述調書及び鈴木駿一郎の検察官に対する供述調書謄本によれば、天埜候補は昭和三十四年六月二日施行の原判示参議院議員選挙に立候補するため昭和三十三年十二月頃運輸省港湾局長の職を辞したのであるが其の当時運輸省第一港湾建設局長藤野義男は敦賀市に来り、敦賀港工事事務所庶務課長たる被告人に対し天埜良吉が立候補した場合には側面的に応援するよう要求し被告人は之を諒承した事実(記録七七七丁)被告人は天埜良吉が退官当時其の挨拶名義の下に福井県下の海岸線を歴訪した際之に随行し(記録八一一丁)公務のために各地の漁業協同組合に出張した際天埜良吉が立候補したら宜敷く頼む旨其の支援を依頼していたこと(記録八一三丁)昭和三十四年三月初旬頃から敦賀市において竹田善八及び被告人の義弟山口辰郎等が中心となつて敦賀市における天埜良吉後援会が結成されるや被告人は竹田善八から其の報告を受けていたこと(記録七八一丁七八二丁)同年五月三日新潟市において天埜候補の選挙対策として天埜後援会が開催されるにあたり被告人は敦賀市より之に出席したこと(記録七六二丁)同年三、四月頃本間組社長本間石太郎及び元建設局管下各港の工事事務所長を歴任した鈴木駿一郎は天埜良吉後援会活動の資金名下に富山、石川、福井各県の各港工事事務所長等三名に一県五万円宛交付したものであること(記録四八八丁)右の内敦賀港工事事務所工務課長神田正弥が交付を受けた五万円は被告人が同人より之を預り、前記後援会の結成を俟つて後援会長竹田善八に交付したものであること(記録七六〇丁七七一丁)等の事実を各認め得べく、これらの事実を綜合すれば被告人の天埜後援会に対する関係は実質的には天埜良吉の選挙にあたり敦賀地区における中枢的役割を担当していたものと認められるのである。

(二)  次に鈴木駿一郎、帰山直志及び被告人の関係をみるに、鈴木駿一郎が天埜候補の選挙運動の中心人物の一人たること、被告人及び帰山直志は右の事実を十分知つていたこと、帰山直志が福井県下において天埜候補の後援会結成に関与し且つ其の選挙運動に従事していたものであり被告人も之を知つていたこと、殊に昭和三十四年三月二十四日敦賀市あみや旅館で開かれた天埜後援会の打合会及び同年四月三日芦原水仙荘で開かれた天埜候補を中心とする選挙対策打合会には被告人は帰山直志と共に出席したのであつて相互に選挙運動者たることを知り合つていたものであること(特に記録八〇〇丁、八〇九丁以下、八七八丁)被告人は鈴木駿一郎から本件金員を預る前日敦賀市小林別館において同人等と天埜候補の選挙運動につき話し合つていること(記録七六三丁)鈴木駿一郎と帰山直志とは天埜候補の選挙運動以外には何のかかわりもないことを被告人並に帰山直志において知つていたことは検察官に対する被告人及び帰山直志の各供述調書及び当審における証人帰山直志尋問の結果に照して明らかである。以上認定した立場にある鈴木駿一郎から被告人を介して帰山直志に本件金四万五千円の金員が渡されたことは記録上明らかであるが、鈴木駿一郎が被告人に対し本件金員を託するに際したとえ金員の性質を明らかにしなかつたとしても、特段の事情なき限り被告人としては其の性質が天埜候補の選挙に関するものであると考えるのが通例であつて、本件においては右金員が選挙に全く関係なきものと認められる特段の事情は存しない。

(三)  よつて次に被告人の本件金員に対する認識の点に移ろう。先づ鈴木駿一郎の検察官に対する供述調書謄本によれば、同人は被告人に対し本件金四万五千円を手渡す際「私は山口(被告人)に帰山さんの名刺を見せ、この人の住所へこの四万五千円を送金して下さいませんか、実は急いでいるので之を帰山さんに選挙運動の謝礼として送りたいのですが送人は私の名前でお願いしますといつて前に用意した茶色小封筒に入れた四万五千円を差出すと山口は「承知しました」と言つて受取られた旨の供述記載(記録四七二丁)があり鈴木駿一郎は本件金員の送付方を被告人に依頼するに際し、本件金員が帰山直志に対する選挙運動の謝礼であることを打明けていることが認められるのみならず、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は鈴木駿一郎から人目に立たない状況のもとにおいて本件金員を預つたものであるが(記録七六五丁)其の際「鈴木さんは天埜さんの選挙運動員であることを知つて居りましたので、同人が天埜さんを当選させたい為め投票取纒めの運動資金として帰山さんに渡されるものであると思いました。私は国家公務員であり乍ら右のような金を右事情を知り乍ら受取るのは良くないと思いましたが、自分の所得にするのではなく郵送するものであるから、それ程の悪質ではないだろうと思い受取つて郵送することを承諾したのであります」(記録七六七丁)「この金は天埜良吉候補の選挙運動資金で日当旅費弁当代足代謝礼等を含めた性質の金で鈴木さんから帰山さんに郵送して届けてくれと頼まれて預つた金です」(記録七九二丁裏)なる旨被告人の供述記載が存し、これらの供述記載を綜合すれば本件金員の授受者たる鈴木駿一郎と被告人との間において本件金員が帰山直志の天埜候補選挙運動に対する実費並びに報酬として帰山直志に供与する金員であることは相互に十分諒承していたものであると認められる。

(四)  原判文によれば右の検察官に対する鈴木駿一郎並びに被告人の各供述調書中前段認定にかかる本件金員の性質に関する供述記載部分を措信しない旨を判示している(併し其の措信しない理由は明らかでない)こと前段説示のとおりである。よつて按ずるに記録によれば被告人は原審第一回公判において公訴事実に対し鈴木駿一郎より預つた封書の内容及び金員の性質を知らなかつた旨陳述し(記録三二丁裏)原審第七回公判において口述書と題する書面に基き、検察官に対する供述は真実に反する供述である旨の記載の存すること(記録一〇〇七丁裏)が認められるけれども六回に亘る検察官に対する被告人の供述調書は(司法警察員に対する被告人の供述調書と共に)終始一貫理路整然として本件金員に対する知情の点を肯定しているばかりでなく、其の供述せる諸般の情況は前段(一)(二)の各情況並びに他の証拠によつて認め得るところと相互に対応して齟齬するところなく、よく符合して措信するに足り、原審公判廷における被告人の供述は右供述調書の信用性を動揺せしめるに至らない。又原審における証人鈴木駿一郎尋問調書によれば同証人は裁判官検察官及び弁護人の各項目に亘る尋問につき概ね明白に肯定又は否定の供述をなしているに拘わらず本件金員の趣旨に関する部分についてのみ記憶がない旨の証言記載が認められるばかりでなく、斯かる記憶喪失は何等同人の検察官に対する供述調書を措信しない事由とするに足らず前段(一)(二)認定の事実をも綜合すれば右供述調書は十分に之を措信するに足るものである。叙上認定に牴触する当審証人鈴木駿一郎の供述部分は右説示と同様措信するに足らぬ。

弁護人は「公職選挙法第二百二十一条第一項第六号所定の周旋罪は故意犯であるから、被告人が封金を委託されて之を受領者に供与するについては周旋の故意を要するものなるところ、被告人は封金の単なる伝達機関であつて、かかる故意がない。仮りに被告人において本件金員が選挙に関するものであることを覚知していたとしても買収資金か立替金の返済金か又は単なる実費であるかを詳かに知つていた証拠はない」旨答弁するけれども被告人が本件金員の額及び性質を十分に諒承して敢て本件犯行に及んだものであつて被告人に故意の存したことは前掲の措信すべき検察官に対する被告人の供述調書に昭々として明らかである。弁護人は「仮りに鈴木駿一郎と被告人との間に本件金員の性質につき話題に出たことがあるとしても単に興味本位にすぎないと考えるべきである」旨主張するけれども叙上説示するところにより採用できない。

次に弁護人は「仮りに然らずとするも、被告人の所為は鈴木駿一郎の帰山直志に対する供与を幇助したものにすぎず公職選挙法第二百二十一条第一項第六号にいう周旋に該当しないものである」旨主張する。按ずるに一般的には供与罪に対する幇助犯として律すべき事案もあり得ないわけではないから全面的に右観念を排斥するのは正当でない。ところで右法条にいう周旋とは利益供与者と其の供与を受ける者との間に介在し金品等の利益の取次をなす行為である(昭和十二年八月六日大判、刑集十五巻一一三八頁)から授受者間に既に金品等の利益供与等の合意が成立している場合に中間の介在者が単に其の伝達機関として其の取次をなす行為は幇助犯に類するものとも謂い得るけれども、所論供与の幇助的行為が同時に右法条の周旋に該当する場合には周旋罪を以て処罰すべく幇助犯を以て律すべきものではない。此の点において右法条の周旋罪は所論供与の幇助犯に関する規定(刑法第六十二条)を排除するものと解するを相当とする。本件において被告人の所為がたとえ所論供与の幇助的行為に該るとしても、被告人の所為は同時に右法条の周旋にも該当すること上来説示のとおり明らかであるから被告人に対し周旋罪を適用すべく供与罪の幇助犯を以て律すべきものではない。所論援用の判例は右の法律解釈と牴触するものではない。論旨は採用できない。

(その余の判決理由は省略する。本件は事実誤認で破棄自判。)

(裁判官 山田義盛 辻三雄 内藤丈夫)

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